太宰 治
春夫と旅行できなかつた話
一社會人として、こゝに一文を草しなければかなはぬ義務を感じてゐる。
佐藤春夫氏と共に晩秋、秋の[#「秋の」はママ]ふるさとを訪づれる約束は、眞實である。實現できず、嘘になつて、ふるさとの一、二の人士の嘲笑の的にされた樣子である。
嘘も、誠も、この世に於ては、力量の問題で、あつさり判決されるものゝ樣である。ばか、と言はれて、その二倍三倍の大聲發して、ばか、と叫び返せば、その大聲の力士あがりの勝ちになるのである。金力、また、然り。
敗軍の將は語らず、といふ言葉がある。あきらめて默したのではないやうだ。言ふべきことの、あまりに多く、その冷靜の整理のための雌伏である。證據物件の冷酷の取捨である。三年のちに、見事に直なる花の咲き出すこと、確信して居る。私は、力を養ひ育てなければならない。