北大路 魯山人
猪の味
猪の美味さを初めてはっきり味わい知ったのは、私が十ぐらいの時のことであった。当時、私は京都に住んでいたが、京都堀川の中立売に代々野獣を商っている老舗があって、私はその店へよく猪の肉を買いにやらされた。
私の家は貧乏であったから、猪の肉を買うと言っても、ごくわずかな買い方をしていた。まあ五銭ぐらい持って買いに行くのが常であった。もっとも、当時は牛肉ならば鹿の子(東京でいう霜降りロースに当る)が三銭位で買えた時代であるから、五銭出すというのは、猪の肉だけに奮発したわけなのである。
だが、それにしても猪の肉をわずか五銭ばかり買いに行くというのは、豪勢な話ではない。ただ肉を食いたいというだけなら、その金で牛肉がもっと買えるのだから、そうしたらよさそうなものだが、牛肉の時には三銭買い、五銭持った時には猪を買いにやらされたところをみると、私の養父母も、どうやら美食を愛した方だったのだろうと、今にして思うのである。
西も東も分らぬ子ども時代から、食いものだけには異常な関心を持っていた私は、この使いとなると、非常に心が勇み立ったのを憶えている。ピカピカ光る五銭玉を握って肉屋の店先へ立ち、猪の肉を切ってくれる親爺の手許をじっと見つめながら、今日はどこの肉をくれるだろう、股ったまのところかな、それとも腹のほうかな。五銭ばかり買うのだから、どうせ上等のところはくれまいなどと、ひがみ心まで起こしながら、いろいろ空想していたことを、今でもきのうのことのように覚えている。