北大路 魯山人
家庭料理の話
世間の人は、自分の身近にある有価値な、美味いものを利用することに無頓着のようだ。
出盛りのさんまより場違いのたいをご馳走と思い込む、卑しい陋習から抜けきらないところに原因があるようだ。
「腐ってもたい」などという言葉は、うかうか聞いていると、諺としてはちょっと面白いが、料理の方では大変な邪魔となって害がある。
また、料理人のつくったものなら、なんでも結構なお料理だなぞと、軽卒に考えるのも大変な考えなしであることを、私は特に言い添えておきたい。
北大路 魯山人
世間の人は、自分の身近にある有価値な、美味いものを利用することに無頓着のようだ。
出盛りのさんまより場違いのたいをご馳走と思い込む、卑しい陋習から抜けきらないところに原因があるようだ。
「腐ってもたい」などという言葉は、うかうか聞いていると、諺としてはちょっと面白いが、料理の方では大変な邪魔となって害がある。
また、料理人のつくったものなら、なんでも結構なお料理だなぞと、軽卒に考えるのも大変な考えなしであることを、私は特に言い添えておきたい。