北大路 魯山人

覚々斎原叟の書

これは旨い字か、拙い字か、おとなか、子どもか、手の字か、心の字か、はた人格の賜物か、それとも、学者の書か、高僧の筆か、あるいは書家の字か……。書家なら、もっと字をうまくまとめるはず、第一こんな風格の高い字は書けない。学者の字としては、並々尋常の学者では書けない自由さがある。坊さんの筆としては、いわゆる坊主臭さがない。俳人にしては、たいてい、この真面目さを見ることはできない。

ほかでもない、これこそ、われらの誇る日本人の見識をもって生まれ出でたる茶道茶儀、この道の悟りに因って、世に表われた書である。旨い字か、否、拙い字か、否、ただ、よい字である。よい字というものは、よい人格が生む以外、ほかに生んでくれる母体はない。

人格の善悪上下は、大部分が生まれつきであり、天の成しあずかるところであるが、善智を心がける教養も決して軽く見ることはできない。

世に能書はたくさんあっても、善書は稀にしか見当らない。能書はややもすると、技術を得意とする悪弊に陥り、由来価値を認めがたき、書家の書に成りたがるものである。善書は質が善を備えておるから、どう間違っても善書は善書であって、低劣の醜悪とはなんら関係がない。

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