野村 あらえびす・野村 胡堂
楽聖物語
序
私は、私の流儀に従って、日頃尊敬する大音楽家の列伝を書いた。それは、あくまでも私の生活を通して見た大作曲家で、私の抱懐する尊崇と、愛着と、驚嘆と、そして時には少しばかりの批判とを、なんの蔽うところもなく、思うがままに書き連ねたものである。
私はかつて考証のために書かなかった。事実の羅列のためにも書かなかったつもりである。私は大音楽家達に対する心持を、散文詩のように、少しばかりの陶酔と、詠嘆をさえ交えて書いた。それは六十歳の青年の、せめてもの情熱であり、科学や芸術に対して日本人の持つ若さの表現であるかも知れない。
大音楽家の伝記というのは、甚だ少なくないが、誰にでも――音楽に関心も趣味も知識もない人にでも訴えて、その作物に興味を持たせ得る啓蒙的な伝記は甚だ多くない。私の狙いはそこであった。それから、もう一つの望みは、一般青年のために、日頃関心を持った作曲家の伝記を通して、私のささやかな人生観と芸術論を説きたかったのである。