和辻 哲郎
非名誉教授の弁
わたくしは東京大学の名誉教授ではない。というよりも、わたくしには東京大学の名誉教授となる資格はないのである。しかるに近ごろわたくしは時々東京大学の名誉教授と間違えられる。間違えられたところで、それによってわたくしが何か利益を得るわけでもなければ、また間違えた人がそれによって何か損をするわけでもないのであるから、そんなことはどうでもよいことなのであるが、しかし事実と相違していることはちょっと気持ちの悪いものであるし、また人によると和辻はおのれの価しない「名誉」を不当に享受していると考えないものでもない。そういう誤解を受ければ、わたくしは名誉教授と間違えられることによって「名誉」を不当に享受するどころか、逆に不当な「不名誉」をうけることになる。暑さで仕事のできないのを幸いに、名誉教授にあらざるの弁を弄するゆえんである。
まず初めに、なぜわたくしが名誉教授と間違えられるに至ったかを考えてみると、一般の世間のみでなく、大学と密接な関係を有する方面でも、大学の名誉教授がどういうものであるかをいっこう知らないように思われる。わたくしが最初名誉教授と間違えられたのは、昭和二十四年の三月に東京大学を定年で退職してから二月目か三月目のころである。そのころ吉田首相が文教審議会というものを発案し、それにわたくしも引き出されることになって、初めての会合に出席した。席上配られた謄写版刷りの名簿を見ると、わたくしの名に東京大学名誉教授という肩書きがついている。たといわたくしに名誉教授として推薦される資格があったとしても、その手続きには教授会とか評議会とかの審議がいるのであって、通例は退職してから半年以上も