吉川 英治
俗即菩提
みんな金を持って、金を捨てにゆく群衆が、どうして皆あんなに愉快そうな顔を揃えてゆくだろうか。時にふと、あの朝の夥しい足なみを、ふしぎに眺めることがある。
競馬は、人間のひとつの強い欲望を、済度する不可思議な力をもっている。
競馬場に集まるほどの者は、もとより君子賢人ではない。利慾にも旺盛なら、金銭にも一ばい貪慾であるべきはずのように思われている。事実、見るからに、紙幣の洪水の中で、血眼な顔が無数である。
だが、自分の知っている範囲や、バスの中で一しょになる人たちを見てもその朝の他愛なさといったら、事競馬に関するかぎり、誰も彼も、まるで子どもみたいな稚気に返っている。どんな強慾でも抜け目ない男といわれる者でも、例外なく、少年時代の遠足気分をそのまま持って出かけてゆく。