飯田 蛇笏

薄暮の貌

暦の上では、もう初秋だとは云ふものの、まだ残暑がきびしく、風流を心にたゝむ十数人の男女を打交へた一団にとつて、横浜の熱閙を避けた池廼家の句筵は、いくぶん重くるしさを感ぜしめた。細長い路地に、両側を※(「木+要」、第4水準2-15-13)かなにかの生籬にしてあるのはいゝとして、狭い靴脱から、もう縁板がいやに拭き光りがしてをり、廊下を踏んでゆくと、茶黒い光沢を帯びたものが韈を吸ひとるやうにひつぱるのである。料理屋へ、風流気に出かけて先づ天井を眺めるなどは、嘗て一度さへ体験にとゞめたとも覚えない。それであるのに、不思議に、煤けた天井板が、ずんと脳天へひゞき、圧せられるやうな懶い一種廃頽的な感じが身をとりまいた。

「情死でもあつたのかな、こいつは」と、心でそんな想像をしてみたりしながら、予定されてあつた座に着いたのである。二間をぶつ通した天井は煤けた上に実際低過ぎた。かうした落着いた会席ではあるものの、世故を離れた虚心坦懐な気持で、冗談の一つや二つ飛ぶのは当りまへである。さうすると、男女の笑ひさゞめく声が、しばらくの間、低い天井下の空間に満ちわたり、おのづから此方へも微笑を強要してくるに違ひないのだが、さて、微笑を洩らすうちにも、一枚頑固に剥ぎとれないものは、くすんだ悒鬱である。

夕陽は影をひそめたかして、部屋の隅々が仄かな陰を漂はせはじめ、人と人との間には、親しみをひとしほ濃やかならしめるやうな陰影が横たはつてゐることを感じた。さつき誰か起ち上つて紙片をなげしへ貼りつけたやうに思つたが、その紙片の文字に眼をとめて見ると、この句筵の課題が示されてゐるのであつた。その課題により、まづ案じ

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