正宗 白鳥
仮面
一
五月も末になつてゐるのに、火鉢の欲しいほどの時候外れの寒さで、雨さへ終日降りつゞいた。
午過ぎから夜具を被つて横になつて、心を落着けようと努めてゐた馬越は、默してぢつとしてゐればゐるほど、頭の中の狂暴に堪へられなくなつた。其處等にある家具を片端から打壞すか、誰れかを打つか蹴るかしたなら、いくらか頭が輕くなりはしないかと思はれた。右へ轉んだり左へ寢返つたりしてゐたが、少しも睡りは催されなくつて、電燈の點くころになつた。
電球がぱつと赤くなると同時に、彼れは跳ね起きて、帽子も冠らずに、二階を下りて外へ出たが、心の荒れてゐるのとは打つて變つて、階子段を踏む足音も、障子や格子戸を開ける音も穩やかだつた。周圍を憚つてゐるやうに擧動が靜かだつた。が、傘に重たげに肩を掛けて行く先の定めなく其邊を歩き出した彼れは、電車や自動車の行き交ふ大通へ足を入れるのが自分ながら危險に思はれるくらゐに頭が亂れてゐる。ある新聞の取次店の前には、傘や蝙輻傘が押し合つて、角力の勝負札を見てゐた。さま/″\な批評も人々の口から出てゐた。