正宗 白鳥
吉日
「自分に關しては、たゞ一つだけ確信してゐることがある。……疾かれ遲かれ、ある吉日に自分は死ぬるのだ。」
「私は、それ以上の確信を有つてゐる。私はある惡日に生れたのだ。」
年少の頃、『浴泉記』といふロシア小説の飜譯を讀んだ時に、私はかういふ會話のやり取りに心を打たれたことがあつた。(後年英譯で讀み直すと、「美しい朝」と「いやな晩」といふ文句が、吉日惡日を言葉として對照されてあつた。)
それ以來、わが生れた日が惡日で、わが死ぬる日が吉日だといふやうな感じがをり/\胸に起こつてゐた。