正宗 白鳥
昔の西片町の人
「日本の文壇は今全く不良少年の手に落ちました。何等の教養も何等の傳統もない不良少年の手に落ちました。」と、博士はその華やかであつた青年時代の、唯一の名殘りであるやうな、美しい眸を輝かしながら、嘆聲を洩らすのを聞く時には、雄吉は不良少年の手に落ちた文壇を悲しむよりも、博士自身に對して、妙な寂しさを感ぜずにはゐられなかつた。……
覇氣に富んだ人氣作家K氏の小説集を讀んでゐるうち、「葬式に行かぬ譯」と題された一篇の中の、かういふ記事のあるところまで來ると、私は思はず、獨り笑ひを洩らした。そして、書物から目を離して、作中の博士について考へた。
「日本の文壇は、今全く不良少年の手に落ちました。」
中田博士が、今から十餘年前に、京都大學の教室で、かう云つて歎息したといふことは私をして、十年前に若くして世を去つた博士の面目を、印象鮮明に思ひ浮べさせるよすがとなるのである。