松本 たかし

松本たかし句集

序

雨音のかむさりにけり虫の宿

作者が虫の音を静に聞いて居つた。そこへ雨が降り出して来た。その雨が庭木にあたつて、かすかな音をたてゝゐる。さういふ事実からこの句を得るまでの間の、作者の頭の働き具合を考へて見ると興味がある。働き具合と言つたところで別に想を構へるといふのではない。たゞ静にその場合の光景を噛みしめて見て、何といふ言葉で言ひ現はしたなら、その場合の感じが出るであらうと考へた末に、遂に「かむさりにけり」といふ言葉を生み出して、漸く安心した作者の心持が現はれるのである。「かむさりにけり」といふ言葉は、雨の降つて来た時の感じを巧みにうまく表はし得た言葉である。かう言はれてみると、その場合の感じが余蘊なく描れてゐるのである。言葉を見出すのが巧みだとも言へるが、その感じが鋭敏だとも言へる。両者は一にして二ならずといふべきである。

狐火の減る火ばかりとなりにけり

青空文庫の作品カード