吉川 英治

折々の記

序

ことばは少く、文はみじかいほどがよい。

しかも意ふかく、餘韻あればなほさらよい。しかるに至らざるわたくしの如き、とかく冗語多く筆をもてば更に長きに失し易い。ここにはその無用をのぞいて簡を旨としたつもりであるが、もとより菜園の新味あるではなく、珠中より珠を拾つたものでもない。一書にまとめるこころもなく、あちこち稿勞の餘暇に書きこぼした[#「書きこぼした」は底本では「書きこほした」]寸想寸墨に過ぎない。しかもきのふのことば今日にあたらず、今日の言もあしたの示唆になるほどのものあるやいなを自ら疑ふ。一家言叢書のうちに架せられれば、人或は著者の一家言なりやともするであらうが、僕なほ一家を成すにいたらない者、何ぞ一家の言あらんやである。ただ青年馬上の語も時には君子の窓簾を捲くにも足らんか。正直、そんなこころもちである。

著者[#改丁]

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