徳田 秋声
籠の小鳥
一
羊三は山を見るのが目的で、その山全体を預かつてゐる兄の淳二と一緒にこゝへ来たのだつたけれど、毎日の日課があつたり何かして、つひ鼻の先きの山の蔭から濛々と立昇つてゐる煙を日毎に見てゐながら、つい其の傍まで行つて見るのが臆劫であつた。
「山にはこちらから料理人が行つてをりますから、宅よりも御馳走がございますよ。」
嫂は家を出るとき、そんな事を言つてゐたが、その朝今は故人になつた土地の画家のかいた「雨の牡丹」の軸をくれたりした。東京の二流どころの画家のものと二つ展げて、羊三の択ぶに委せたのであつたが、その画の気品には格段の相異があつた。