徳田 秋声
草いきれ
漁船などを※(「にんべん+就」、第3水準1-14-40)つて、××会の同志の若い人達六七人と、若鮎の取れる××川に遊んでの帰り、郊外にあるI―子の家へ三四の人を誘つて行つた頃には、鮎猟の真中に一時しよぼ/\と雨をふらしてゐた陰鬱な梅雨空にもいくらか雲の絶え間が出来て、爽かな星の影さへ覗いてゐた。
I―子はその頃転地先を引揚げて、そこにひそやかな隠れ家のやうな家を一軒もつてゐた。木香の由かしい、天井の高い、床や違棚の造り方の、厭な気取のないところに古雅な趣きをもつた奥の八畳が、この頃初めてI―子に誘はれて来たときから、杉田の気に入つてゐた。そこは杉田が時々仕事をもつて遊びに来るやうにと、余り人目につかないやうな処を択んで、I―子の子供の師匠である舞踊家のF―さんが捜してくれた家であつた。子供思ひのI―子のために、F―さんが自分の家の近くにとの心遣のあつたことは勿論であつた。
往来からそれて爪先きあがりに四五間坂を上つたところの、樹木の影の深いところに門があつた。そして玄関から上つて、籐椅子などのある応接室の外に通つてゐる廊下を行くと、その座敷の廻り縁へと出るのであつた。K―君M―君、それからN―子さんなどが、一日の清遊に疲れた躰を、小さい餉台のまはりに取つた座蒲団のうへに休めて、紅茶に砂糖をいれたり、煙草を吸つたり、枇杷を摘んだりした。
「いゝわね。気取つてゐるぢやないの。」N―子さんは室内を見廻はしてゐた。