室生 犀星

鞄

朝の九時に鐵のくぐりを出た打木田は、それでも、しばらく立つて誰か迎へに來てゐるだらうかと、あちこち見※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)したが、やはりさとえは來てゐなかつた。外にも出る者がゐるらしく、差入屋の入口に五六人の肩をちぢめた連中がゐたが、迎へのない打木田を見ると眼に同情のしなを見せて見送り、打木田はその前でちよつと頭を下げて行つた。五六人の連中は打木田のしたより二倍くらゐのていねいさで、頭を下げて應へた。

打木田は利根川べりの郊外から、息もつかずに町の中にはいると、電車にも乘らずにまつすぐに、くるわ町の交叉點に出て行つた。そして角にある煙草屋の店を見すましたが、先刻と同じ足どりで店先に駈け込むやうにして行つて、勢ひ好くタバコをくれと言つた。奧から中年の女が出て來たが、打木田はピースとバットを續けさまにいひつけ、お釣錢をうけるとき打木田の眼はワナワナふるへた。蒸し上るやうな女のふとつた白さが、眼にはいるよりも内股にうづいて來て、全身に例のワナワナがわいて來た。打木田はあわてた乾いた口もとで、聲もかすれて早口でいつた。

「燐寸、燐寸をください。」

「はい、燐寸、」

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