富永 太郎
鳥獣剥製所
私はその建物を、圧しつけるやうな午後の雪空の下にしか見たことがない。また、私がそれに近づくのは、あらゆる追憶が、それの齎す嫌悪を以て、私の肉体を飽和してしまつたときに限つてゐた。私は褐色の唾液を満載して自分の部屋を見棄てる、どこへ行くのかをも知らずに……
煤けた板壁に、痴呆のやうな口を開いた硝子窓。空のどこから落ちて来るのか知ることの出来ぬ光が、安硝子の雲形の歪みの上にたゆたひ、半ばは窓の内側に滲み入る。人間の脚の載つてゐない、露き出しの床板。古びた樫の木の大卓子。動物の体腔から抽き出された、軽石のやうな古綿。うち慄ふ薄暮の歌を歌ふ桔梗色の薬品瓶。ピンセツトは、ときをり、片隅から、疲れた鈍重な眼を光らせる。
私はその部屋の中で蛇を見た。鷲と、猿と、鳩とを見た。それから日本の動物分布図に載つてゐる、さまざまの両生類と、爬蟲類と、鳥類と、哺乳類とを見た。
かれらはみんな剥製されてゐた。