北原 白秋

「白秋詩集」第一巻解題

一、本巻には東京景物詩「雪と花火」以後の所作を輯める事にした。而して新らしい作から前に組むだ。既に公刊した集はなるべく原形の儘にした。なほ多少削除した分もある。一、「青燈集」の諸作は主として大正五年より八年に至る、葛飾、動阪、小田原時代のものである。尤も「童と母」「麻布山」の二篇はその以前の作である。此集は可なり詩風の違つたものが混淆してゐる。が、作品が少いので一括して仮りにここに収めた。一、童謡集の「赤い鳥小鳥」は大正六年より八年に至る、主として雑誌「赤い鳥」の発刊を機縁として作り初めた童謡の第一期の収穫で、これらは曾て公刊した「とんぼの眼玉」にその後の新作を附け加へて、その順序を一層整理したものである。一、「大悲集」は大正三年に出版した「印度更紗」の第一輯「真珠抄」第二輯「白金の独楽」を主とし、これに同じく四年作「ほのかなるもの」を加へて一括したものである。「白金の独楽」は五章になつてゐる。つまり此の集では現身抄までがさうである。なほ別巻として収めた二章は殆ど同時代の作で、やや遅れて成つたものである。尤も「春雨の一滴」「竹林火」だけは七年の新作である。なほ「真珠抄」の短唱は大正の二年三崎にゐた当時に創めて、その後にまた作り足した。一、「畑の祭」は三崎詩集で、歌集の「雲母集」と姉妹集たるべきものである。尤興を得たのは三崎生活の当時であるが、その当時の作は少い。主として小笠原に行つてから、それからその後まで引続いた。実は「印度更紗」の二集より先きに公刊すべきであつたが、その機を外づして了つて、たうたう今日に至つた。中に小笠原のが一篇ある。一、「雪と花火」は元「東京景物詩」として

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