樋口 一葉

にごりえ

※(始め二重括弧、1-2-54)一※(終わり二重括弧、1-2-55)

おい木村さん信さん寄つてお出よ、お寄りといつたら寄つても宜いではないか、又素通りで二葉やへ行く氣だらう、押かけて行つて引ずつて來るからさう思ひな、ほんとにお湯なら歸りに吃度よつてお呉れよ、嘘つ吐きだから何を言ふか知れやしないと店先に立つて馴染らしき突かけ下駄の男をとらへて小言をいふやうな物の言ひぶり、腹も立たずか言譯しながら後刻に後刻にと行過るあとを、一寸舌打しながら見送つて後にも無いもんだ來る氣もない癖に、本當に女房もちに成つては仕方がないねと店に向つて閾をまたぎながら一人言をいへば、高ちやん大分御述懷だね、何もそんなに案じるにも及ぶまい燒棒※(「木+兀」、第4水準2-14-30)と何とやら、又よりの戻る事もあるよ、心配しないで呪でもして待つが宜いさと慰さめるやうな朋輩の口振、力ちやんと違つて私しには技倆が無いからね、一人でも逃しては殘念さ、私しのやうな運の惡るい者には呪も何も聞きはしない、今夜も又木戸番か、何たら事だ面白くもないと肝癪まぎれに店前へ腰をかけて駒下駄のうしろでとん/\と土間を蹴るは二十の上を七つか十か引眉毛に作り生際、白粉べつたりとつけて唇は人喰ふ犬の如く、かくては紅も厭やらしき物なり、お力と呼ばれたるは中肉の背恰好すらりつとして洗ひ髮の大嶋田に新わらのさわやかさ、頸もと計の白粉も榮えなく見ゆる天然の色白をこれみよがしに乳のあたりまで胸くつろげて、烟草すぱ/\長烟管に立膝の無作法さも咎める人[#ルビの「ひい」はママ]のなきこそよけれ、思ひ切つたる大形の裕衣に引かけ帶は黒繻子と何やらのまがひ物

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