野村 胡堂

銭形平次捕物控

一

笛の名人春日藤左衞門は、分別盛りの顏を曇らせて、高々と腕を拱きました。

「お師匠、このお願ひは無理でせうが、亡くなつた父一色清五郎から、お師匠に預けた禁制の賦、あれを吹けば、人の命に拘はるといふ言ひ傳へのあることも悉く存じて居りますが、お師匠の許を離れる、この私への餞別に、たつた一度、此處で聽かして下さるわけには參りませんでせうか」

一色友衞は折入つて兩手を疊に突いて、斯う深々と言ひ進むのです。春日藤兵衞に取つては、朋輩でもあり、競爭者でもあつた一色清五郎の忘れ形見、一時は酒と女に身を持ち崩しましたが、近頃はすつかり志を改めて、藝道熱心に精進し、今度は愈々師匠藤左衞門の許を離れて、覺束ない乍らも一家を興さうとしてゐる男でした。取つて二十七、少し虚弱で弱氣ですが、笛の方はなか/\の腕前で、もう一人の内弟子の、鳩谷小八郎と、孰れとも言はれないと噂されました。

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