野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
兩國に小屋を掛けて、江戸開府以來最初の輕業といふものを見せた振袖源太。前髮立の素晴らしい美貌と、水際立つた鮮やかな藝當に、すつかり江戸ツ子の人氣を掴んでしまひました。
あまりの評判に釣られるともなく、半日の春を小屋の中の空氣に浸つた、捕物の名人で『錢形』と異名を取つた御用聞きの平次。夕景から界隈の小料理屋で一杯引つかけて、兩國橋の上にかゝつたのはもう宵の口。
小唄か何か口吟み乍ら、十六夜の月明りにすかして、何の氣もなくヒヨイと見ると、十間ばかり先に、欄干へ片足を掛けて、川へ飛込まうとして居る人間があります。