野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
「八、大變なことがあるさうぢやないか」
江戸開府以來と言はれた、捕物の名人錢形平次は、粉煙草の煙りを輪に吹きながら、いとも寛々たる態度で、飛び込んで來た子分の八五郎に、かう浴びせるのでした。
あわて者の八五郎、一名ガラツ八は、平次のためには『見る眼嗅ぐ鼻』で、その天稟の勘を働かせて、江戸中のニユースを嗅ぎ出して持つて來るのですが、生憎なことに今日は恐ろしい不漁で、猫の子がお産をしたほどの事件もなく、でつかい彌造を二つ陰氣に拵へて、日本一の張り合ひのない顏を、兎にも角にも親分のところへ持つて來たのでした。