野村 胡堂

銭形平次捕物控

一

八五郎の取柄は、誰とでも、すぐ友達になれることでした。長んがい顎と、とぼけた話し振りと、そして桁の外れた己惚れが、どんな相手にも、警戒させずに近づけるのです。

その代り、時には飛んでもない者と、すつかり眤懇になつてゐることがあります。巾着切辰三などもその一人で、相手は御法の網の目をくゞる、雜魚のやうな男。人の懷ろを狙ふのが渡世と言つても、五兩と纒まつた仕事をしたことのないといふ、世にも哀れな存在だつたのです。

その巾着切の辰三は、江戸の巾着切仲間の一つの名物でもありました。それは巾着切の仕事を、一つの藝と心得て、決して田舍者の懷ろは狙はないといふ一つのフエーアプレーを信じ、兩國の如何はしい見世物の看板を、口を開いて眺めて居る、田舍の人の財布などを狙ふのは、面白くも何んともないばかりでなく、折角稼ぎ溜めて江戸見物に來た人達の、大事な旅費まで盜るのは、いかにも痛々しいといふのです。

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