中原 中也
海の詩
こころまゝなる人間は、いつでも海が好きなもの!
これは、ボオドレエルの「人と海」といふ詩の、第一行である。海と聞くたびに、海を見るたびに、この歌を思ひ出すから、以下私は此の詩を辿り乍ら、「海の詩」といふ課題を果さう。然し何も、此の詩を解説しようといふのではない。此の詩を辿り乍ら、この稿を書いてゐる今、色々と心に浮ぶことを、何の反省をも加へずに、唯々書誌してみたいと思ふ。
第一行を読んで、先づ見えて来るのは水平線である。とまれ渚よりも、沖の方が想ひ出される。然しこれを歌つてゐるのがボオドレエルだと思ふと、船の沢山ゐる港、それも余り大きくない港が見えて来たりする。どういふわけだか知らぬ。同じく海の出て来るボオドレエルの詩だつて、「信天翁」だと、広々として一物も見えぬ、秋も終りの海が見えて来る。
それはさて、今よりも、子供の時分の方が、よつぽど海は好きだつたやうだから、してみると今よりも、あの頃の方が「こころまゝ」だつたのだらうか?