中原 中也
感情喪失時代
一 感情喪失時代
現代は、「不安の時代」だと云はれる。之に対して或人は理智の欠乏がその原因だといひ、或人は共通信条の不在を嘆いてゐる。みんなそれぞれ理由のある所であらうが、原因はいざ知らず、見渡した所感情が喪失されてある状態であること明らかであるやうである。
感情といふ語の内容も色々であらうが、「独り居て怡しむ」底の感情、対人的に発露するに非ざる、そこはかとなき欣怡の情である。之の欠乏する限り、対人せる場合に現はれる感情も、飢えた獣の感情に似る他はないのではあるまいか。
又、之の欠乏する限り、判断といふものもひどく相対的にしか行はれないのではあるまいか。