中原 中也

我邦感傷主義寸感

此の間京都の農林学校の生徒が三十名、満蒙視察に出掛けました。帰つて来て、彼等の身体検査をしてみますと、そのうち二十名がイヤな病気に冒されてゐました。

そのうち五名は非常に重く、学校をも欠席してゐました。

何か処方せんけれあならんと思つたかした校長は、その五名を放校に、他の十五名を謹慎処分といふことにしました。

怒つたのはその五名の父兄で、病気の軽重で処分の軽重を割出したとは何といふことだといふので、復校運動を開始しました。

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