中原 中也
夏の夜の話
夏も半ばを過ぎてゐた。此処は銀座の裏通りのカフェー、卓子の上で扇風器は、哀しげな唸りをつづけてゐる。
三田村は私の前でさかんに飲んでゐる。その兎のやうな眼を赤くして、折々キヨロキヨロあたりを見廻す。女給達は、今来たばかりの常連らしいひどく冗談口を叩く男のまはりにみんな行つてしまつた。スタンドにゐるお内儀さんは、時々怪訝さうな眼付をその方にやつてゐる。
先刻まで頻りに喋舌つてゐた三田村はスツカリ黙つてゐる。私は胃酸が込み上げて来さうで仕方がない。前の舗道を過ぎるヒキズルやうな足音が嫌な気がする。
「いいかオイ……」と突然三田村はその重さうな頭をハネ上げて続きを始めるのだつた、「俺がついててやるから安心しいろい」