矢内原 忠雄
読書と著書
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「貴下は今何をして居られるか。」
と、よく人に聞かれる。実のところ、私は少数の青年たちに古い書物の講義をして居るのである。第一に聖書、第二にアウグスチヌスの『神の国』、第三にアダム・スミスの『国富論』。尤もこの中第一と第二は素人学問であるから、専門家から見れば幼稚なものであるにきまってる。
併し古典を読むのは真に楽しい。何千年何百年という「時」の試煉を経た書物で、しかも単に考古的好事家の玩弄物でなく、現代人に取りて一般的興味あるもの、之が古典である。古典は単なる古書ではない。少しく親しき態度で古典を読んで居ると、其の著者は歴史的服装を脱いで、活きたる者となって我々の前に現われる。現代の人が時局の下に萎縮してしまって、何も語らないか、或は奴隷の言葉を以てしか語らないか、或は偽り曲げた言葉を語る中にあって、古典は率直に、詳細に、真実を語ってくれる。しかもその語るところは現代の活きた現実に触れている。古典は我々に真理の永遠性を感ぜしめる。我々は古典を読んで、驚くほどに現代を知るのである。「時」の波を越えて活くる永遠の真理探求者と手を握って現代を論ずる、之が私には楽しくてならないのだ。