久保田 万太郎

萩

おやくそくの萩の根、いつでも分けてさし上げます。おついでのせつ御来園まち上げます、と百花園の佐原平兵衛君からはがきが来た。四月のはじめのことである。……さういはれたからとて、右からひだり、おいそれとすぐ出かけて行けるいまの身の上ではない。……そのまゝ、返事も出さず打捨りッぱなしにしておいた。

と、その月のなかばすぎ、田圃さんこと沢村源之助さんが死んだ。たまにしか逢ふ機会はなかつたものゝ、わたくしにすれば、十四五年にわたる古い附合である。そして、逢へばいろ/\と、いつもいゝ話を聞かせてくれた人である。勿論、わたくしはくやみにも行けば告別式にも行つた。……しづかな、しんみりした、けば/\しいところのちッともない告別式だつた、……わたくしの記憶にもしあやまりがなければ、その日、曇つて糠雨がふつてゐた。……それで、一層、わたくしにさう感じられたのかも知れないが、とにかく、ほとけのその晩年にいかにもそぐつた、……しんみりした……といふことはまた、たま/\ときは春の末の、花の散つたあとの、やさしい、可懐しい感じのする告別式だつた。

初七日の来たとき、わたくしも、東京会館の法事の席にまねかれた。その席で、同時に、亡き人の目のなかに入れても足りないほど可愛がつてゐたむすめさんと、木村錦花君のむすこさんとの結婚が松竹の大谷さんによつて披露された。これで田圃さんも安心して行くところへ行けるだらう。わたくしは胸のひきしまるのを感じた。……主卓の花の白いあやめが、そのかなしみと喜びにむかつて、しづかに、つゝましく、その花びらを垂れてゐた。

だれも無言で珈琲を啜つた。そして、やがて、無言のまゝそれ/″\

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