野村 胡堂
禁断の死針
「旦那様、これは又大した古疵で御座いますが、――さぞ、お若い時分の、勇ましい思い出でも御座いましょう」
「いや、そう言われると恥かしい、後ろ傷をと言うわけでは無いが、相手の刃物が伸びて、腰車を妙に背後へかけて斬られて居るから、人様の前でうっかり肌を脱ぐと、飛んだ変な目で見られることがある――」
本所割下水に住んで居る、浪人者の原口作左衛門、フト呼び入れた年若い按摩に、腰骨へ斜に残った古疵を見付けられて、思わず赤面いたしました。年配五十左右、浪人とは言い乍ら裕福な暮しで、ツイ傍には、若い美しい妾のお元が、手廻しよく寝酒の世話をして居ようという、まことに気のきいた寸法です。
「いずれ果し合いとか、山賊退治とか、これに就ては面白いお話が御座いましょう、お差支が無かったら、お聞かせ下さいませ」