野村 胡堂
幻術天魔太郎
家光を狙う曲者
駿河太郎は、首尾よく千代田城本丸の石垣のかげに身をひそめました。時は寛永十六年(西暦一六三九年)三月、いまから三百十二年まえの、夢みるようにかすんだうつくしい春のま夜中です。
西丸のうしろから、紅葉山の一角をめぐって、ここまでつづいた長い道灌堀、その水草のなかを半分はもぐって、本丸にたどりついた駿河太郎は、当代の将軍、徳川家光を討って取ろうという、おそろしい大望にもえて、半夜にわたって春寒の水につかったのも、もののかずとも思わないほどの、元気いっぱいの勇ましい少年でした。
背中にしょった一刀、それを左腰にまわして、全身のしずくをきると、かねて、お城大工の棟梁、泉田筑後から手にいれた絵図面をたよりに、将軍家光の寝所の外までしのびより、かねて約束の、三枚めの雨戸をそっと押すと、雨戸は音もなくひらいて、まっ黒なうるしの闇が、魚のようにぬれた駿河太郎のからだを、音もなくのんでしまいました。