佐々木 味津三

右門捕物帖

1

その三十一番です。

江戸城、内濠の牛ガ淵。――名からしてあんまり気味のいい名まえではない。半蔵門から左へつづいたあの一帯が、今もその名の伝わる牛ガ淵ですが、むかしはあれを隠し井の淵ともいって、むしろそのほうが人にも世間にも親しまれる通り名でした。濠の底にありかのわからぬ秘密の隠れ井戸が六つあって、これが絶えずこんこんと水を吹きあげているために、その名が起こったとは物知りの話――。

しかし、どちらであるにしても、内濠とある以上は、たとい天下、波風一つ起こらぬ泰平のご時勢であったとて、濠は城の鎧兜、このあたり一帯の警戒警備に怠りのあるはずはない。特にお濠方という番士の備えがあって、この内濠だけが百二十人、十隊に分かれて日に三度ずつ、すなわち暮れ六つに一回、深夜に一回、夜あけに一回。騎馬、ぶっさき羽織、陣笠姿で、四人ひと組みがくつわを並べながら見まわるしきたりでした。

青空文庫の作品カード