吉川 英治
かんかん虫は唄う
木靴
「食えない者は、誰でもおれに尾いて来な。晩には十銭銀貨二ツと白銅の五銭玉一ツ、みんなのポケットに悪くねえ音をさせてやるぜ」
かんかん虫のトム公は、領土の人民を見廻るように、時々、自分の住んでいるイロハ長屋の飢餓をさがし歩いた。
彼は、貧民街の同胞たちから、長屋のプリンスの如く人気があった。事こころざしと違って、二年や三年食いはぐれて見ても、外国のようで日本のようで、金儲けで埋まっているようで、金を摺らせる坩堝のようで、得体のわからない貿易港から、ふしぎにもよく仕事のアナを探って来る彼は一種の天才だった。