平野 零児
寡作流行作家
昨年の晩秋、福井ラジオの営業局長をしている池田左内君が上京のついでに、私の陋居を訪ねて来た。昔上智大学の新聞科で教壇というよりも、主として附近のオデン屋や、新宿の酒場え[#「酒場え」はママ]連れて行き、三、四の学生に他愛のない放談を聞かせただけだったが、彼はそのことで今に私を先生と呼び、教え子だったとしている一人であり、絶えず師の礼をとり、時々越前ガニや、ツグミやウニを送ってくる妙な男である。
戦争が苛烈になって、麻布の家が強制疎開をされると、私の女房の疎開をすすめ、土地の素封家である彼の郷里福井の家え[#「家え」はママ]預ってくれもした。
「先生、その額は面白いですな。誰の字ですか。正気の字じゃないけど」
彼は私の食堂にかけている、可なり大きな額を見乍ら焼酎のコップを舐めた。額には勢いはいいが、漫画とも童画ともつかぬ、魚らしい絵に、