野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
神田祭は九月十五日、十四日の宵宮は、江戸半分煮えくり返るような騒ぎでした。
御城内に牛に牽かれた山車が練り込んで、将軍の上覧に供えたのは、少し後の事、銭形の平次が活躍した頃は、まだそれはありませんが、天下祭または御用祭と言って、江戸ッ児らしい贅を尽したことに何の変りもありません。
銭形の平次も、御多分に漏れぬ神田ッ子でした。一と風呂埃を流してサッと夕飯を掻込むと、それから祭の渦の中へ繰り出そうという矢先、――
野村 胡堂
一
神田祭は九月十五日、十四日の宵宮は、江戸半分煮えくり返るような騒ぎでした。
御城内に牛に牽かれた山車が練り込んで、将軍の上覧に供えたのは、少し後の事、銭形の平次が活躍した頃は、まだそれはありませんが、天下祭または御用祭と言って、江戸ッ児らしい贅を尽したことに何の変りもありません。
銭形の平次も、御多分に漏れぬ神田ッ子でした。一と風呂埃を流してサッと夕飯を掻込むと、それから祭の渦の中へ繰り出そうという矢先、――