野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
ガラッ八の八五郎は、こんないい心持になったことはありません。
親分の銭形平次の名代で、東両国の伊勢辰でたらふく飲んだ参会の帰り途、左手に折詰をブラ下げて、右手の爪楊枝で高々と歯をせせりながら、鼻唄か何か唄いながら、両国橋へ差しかかって来たのは真夜中近い刻限でした。
借着ながら羽織を引っかけて、懐中には羅紗の大紙入、これには親分の平次が、人中で恥を掻いちゃ――と一分二朱を入れてくれたのですから、自分の身上、六十八文と合せて、八五郎すっかりいい心持になったのも無理のないことです。