伊藤 野枝

背負ひ切れぬ重荷

今から、六七年ばかり以前に、私の郷里で非常に善良なをとなしい一人の女教師が、自宅の前の溜池で自殺を遂げた事があります。

その死は、いろ/\な意味で、その周囲には深い注意をもつて観られたやうであります。しかし、私の聞いた処に依れば、彼女の自殺の原因らしいものはいくつも有りまするけれど、その何れもが極めて薄弱なもので、その為めに死ぬには、あまりに呆気なさすぎるものでありました。それに此の女教師は、それに対しては極めて周到な用意をして居りました。彼女は、怠らずに日記も書きました。他人との手紙の往復もかなりによくしてゐました。それからまた、時たま、感想めいたものもよく書いてゐたに相違ないのであります。それにも拘はらず、彼女の死後その居室には文字を書いたものと云つては、殆んど何一つない位よく仕末されてありました。持物と云ふ持物もまた、何時誰の手に改められてもさしつかへのないやうに、几帳面に整理されてありました。彼女はもう、ずつと前から、人知れず、さうした整理をしてゐたものに相違ありません。それ故、如何に臆測好きな人達でも、全然根拠のない臆測を公然と真実めかして話すのも憚られるのか、誰れも、その死因は判然しないと云つて居ります。それに、よくさうした若い女の自殺に纏る種類の臆測をこの女教師の上に無遠慮に持つて来るには、彼女は、あまりに人々の人望を集めすぎてゐました。

しかし、人々の好奇心は、その解らないとされた点に向つては、内々余計に執拗に働いたやうであります。それ故、彼女を知つてゐる、極く少数の人々の集まる処では、当時何よりも、矢張りそれが問題になつたやうであります。そして其処では、お互ひ

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