野村 胡堂

随筆銭形平次

一

あの荒唐無稽な『西遊記』などを読まなかったら、私は物理学者にならなかったであろう――と、いう意味のことを、雪の学者中谷宇吉郎博士が、なんかに書いていたのを見たことがある。まことに味の深い言葉であると思う。

私は中学時代、まことに仕様のない低能児であったが、たった一つだけ将来性のある課目があった、それはなんと「数学[#「数学」は底本では「数字」]」であったといったら、「嘘をつけ」と叱る人があるかもしれない。が、これは掛け引きのない話で、猪川塾という盛岡の中学の塾に泊って、そこから中学に通っていた私は、よく室友達に数学の宿題を教えて得意になっていたし、なまけ者で通っていた私が、当時の入学試験中一番六つかしいといわれた一高の入学試験にパスして悪友共を驚かしたのも、数学が満点近かったためではあるまいかと、今でも考えているのである。

中谷博士は『西遊記』を耽読して雪の学者になったと同じように、私は数学が小器用に出来たおかげで小説を書くようになったのかもしれないのである。小説の中でも二二が四と数学的に整理されなければならない、捕物小説を書くようになったのは、まことに浅からぬ因縁というべきである。

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