野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
公儀御用の御筆師、室町三丁目の「小法師甲斐」は、日本橋一丁目の福用、常盤橋の速水と相並んで繁昌しましたが、わけても小法師甲斐は室町の五分の一を持っているという家主で、世間体だけはともかくも、大層な勢いでした。
江戸中に筆屋の数は何百軒あったかわかりませんが、鉛筆も万年筆も無い世の中ですから、これが相当以上にやって行けたわけです。そのうち公儀御用というのが七軒、墨屋が三軒、格式のやかましかった時代で、大抵出羽とか但馬とか豊後とか、国名を許されて、暖簾名にしております。
先代の小法師甲斐は昨年の春亡くなり、番頭弟子の祐吉が、家付きの娘お小夜と一緒になって家を継ぎました。祐吉は筆を拵えることは下手ですが、何となく才覚のある男で、先輩の番頭理三郎、左太松を抜き、朋輩にも、親類方にも異存がなくて、二十五の若さで主家の跡取りに直りました。