梶井 基次郎
小さき良心
自分は人通りを除けて暗い路をあるいた。
耳がシーンと鳴っている。夢中にあるいている。自分はどの道をどう来たのかも知らない。つく杖の音が戞々とする。この太い桜の杖で今人を撲って来たんだ。
ここは何という町かそれもわからない。道を曲って、曲って、暗い道、暗い道をあるいて来たのである。新京極から逃げて来てからあまり時間を経たとも思わない。しかし何分程経たということもわからない。
暗い道の辻を曲った時、うどんそば手打と書いた赤い行燈を見て、ふと「手打ちだ!」と思い出すともなく思ったあの瞬間を思い出した。それは抜打ちだった。「抜く手も見せず」というような言葉の聯想が湧いてくる。