岡本 一平

坊つちやん「遺蹟めぐり」

〈上〉

一予は今備後の鞆の津より松山へ渡る汽船の甲板の上で意気込んで居る。何の意気込だ。夏目先生の『坊つちやん』の遺蹟を探らうとしての意気込みだ。

『坊つちやん』はたして実在の人だつたか? この小説はどこまで構想に事実の拠り処があるのか? 誰しも読者として小説に魅了せられた程の人はその小説並に著者を愛する心持ちの延長として遂にこの探求まで突進む事は自然の道理である。

いはんや予は『坊つちやん』絵物語に身を入れて描いた後である。予の心の中に馴染みついた『坊つちやん』はどうしても『坊つちやん』の故郷を見せやうと予を唆り立てゝ仕様が無い。実在の人の如くに唆り立てゝ仕様が無い。それで予は『絵物語』の前後の筆を置くやすぐ東京を出発した。今山陽線を降りて連絡船に乗組んだ処である。

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