長谷川 伸

カン

俳句をむかし少し許りやったことがあるのに、いまだに私は俳句がわからない。作家生活にはいってからはますます距離を感じた。そのくせ、さすがの私といえども、或る場合には俳句とその俳句の成る事情とが、戯曲とか小説とかで、到底企て及ばない光景を描いているのに頭をさげることが、時どきある。

紅葉山人の『煙霞療養』を読んで、判ったつもりでいたことが、実際に越佐地方をまわってみて、誤謬を発見して訂正したものがあった。その人がその後、再び越佐地方に赴いて、ゆくりなく聞いた媼翁の世間話から、かえって誤謬として訂正した、その訂正に、又誤謬を見出したという話を聞いたが、私などには到底そんな忠実も正直もない、随って他人の句をわかることが出来ないものはそのまま素通りしてしまっている。

吹飛ばす石は浅間の野分かな

雲雀より上にやすらふ峠かな

青空文庫の作品カード