山之口 貘

初恋のやり直し

小学校の六年生になってからのこと、ぼくは机の前に座っていても、それは父や兄などの手前で、勉強しているふりをしているにすぎなかった。ある少女のことに気をとられていたからなのである。少女はしばしば、ぼくの家の近所に遊びに来た。そこには沼があって、その沼の水のなかに、少女は着物のスソをまくしあげてはいった。水すましやげんごろうが、彼女のスネのまわりを泳ぎまわり、彼女は腰をこごめて浮草などを、手にすくったりして遊んだ。

その少女が、いつも、ぼくの頭のなかにこびりついていて、机を前にしては勉強しているふりをしているうちに、中学の入学試験には落第してしまった。

そこで、一年を高等科ですごしたのであるが、中学の一年生になってまもなくのこと校長の修身の時間にいねむりをしてしまったのである。前夜は、家に事情があって一睡もしないで一里の道を歩いて登校したからなのだ。ぼくはびっくりして眼を覚したがそれは校長が、水さしの水をぼくの鼻にぶっかけたからなのであった。

その日から、出欠簿のぼくの氏名の上に、朱色で△の印をくっつけられて、「注意人物」の扱いを受けるようになったが、事情もきかずに、こんな仕打ちをした校長の教育は、そのまま、ぼくにとっては、学校に対する反感の教育になってしまったのである。

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