野村 胡堂
法悦クラブ
覆面の女達
武蔵野の片ほとり、軒端に富士を眺めて、耳に多摩川の瀬の音を聞こうと言った場所にいとも清浄なる一宇の堂が建って居りました。
堂と言っても和洋折衷のバンガロー風のあずま家で、文化住宅に毛の生えたものに過ぎませんが、深々と堀を縄らし、猛犬を餌い、鉄条網を張り渡して、容易に里の子も近づけず、隣組の交際もありませんが、それでも週に一度、或は月に二度位、電車で自動車で八方から集まる人数はざっと三十人ばかり、時には異国的な邪悪妖艶な楽の音が漏れ、或は堂宇を包んで怪しき香煙が棚引き、夕景に始まって暁天にいたるまで何んとも知れぬ不思議な法宴が展開するのでした。
玄関に掲げた看板に認めたのは、墨黒々と「法悦倶楽部」の五文字、法悦というのは、言うまでもなく仏法から来た言葉で「教法を聴聞して心に生じたる悦び」と辞書の註はしてあります。