水上 滝太郎

遺産

おもいもかけない大地震は、ささやかな彼の借家と、堂々たる隣の家との境界を取払ってしまった。

いい家だけれど、あの塀があんまり高くて、陰気で、しめっぽくていけないと、引越して来た日から舌うちしていた忌々しい煉瓦塀は、土台から崩れて、彼の借家の狭い庭に倒れ込み、その半分をふさいでしまった。先住の手植らしい縁日物の植木や、素人の手でつくられたに違いない瓢箪池は、古びた煉瓦の下敷になってしまった。胴の長い和金が五六尾泳いでいたが、それも土の中にめり込んでしまったに違いない。

金貸をして、一代で身上をつくったという隣の家の先代は、名前の上に鬼という余計な字をくっつけて呼ばれた人間だった。高く廻らした煉瓦塀も、人の恨を遮断するものであった。そのてっぺんには、硝子の破片が隙間なく植えつけてあった。仰いで見る高い所で、無数の硝子はちかちかと日光を反射していたが、今目の前に倒れたのを見ると、何のための硝子なのか、少しも威嚇する力を持っていなかった。それは実力不相応に買かぶられていたものが、真の力量を暴露したような姿だった。

日光を遮った高い塀が倒れてしまったので、隣の家の広い庭が彼の客間兼書斎の机の位置から、ひろびろと見渡せるようになった。植込の向うに芝生があり、芝生の真中に池があって、晩夏の日を照りかえす水は、樹々の枝の間に強く光った。

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