谷崎 潤一郎
途上
東京T・M株式会社員法学士湯河勝太郎が、十二月も押し詰まった或る日の夕暮の五時頃に、金杉橋の電車通りを新橋の方へぶらぶら散歩している時であった。
「もし、もし、失礼ですがあなたは湯河さんじゃございませんか」
ちょうど彼が橋を半分以上渡った時分に、こう云って後ろから声をかけた者があった。湯河は振り返った、―――すると其処に、彼には嘗て面識のない、しかし風采の立派な一人の紳士が慇懃に山高帽を取って礼をしながら、彼の前へ進んで来たのである。
「そうです、私は湯河ですが、………」
谷崎 潤一郎
東京T・M株式会社員法学士湯河勝太郎が、十二月も押し詰まった或る日の夕暮の五時頃に、金杉橋の電車通りを新橋の方へぶらぶら散歩している時であった。
「もし、もし、失礼ですがあなたは湯河さんじゃございませんか」
ちょうど彼が橋を半分以上渡った時分に、こう云って後ろから声をかけた者があった。湯河は振り返った、―――すると其処に、彼には嘗て面識のない、しかし風采の立派な一人の紳士が慇懃に山高帽を取って礼をしながら、彼の前へ進んで来たのである。
「そうです、私は湯河ですが、………」