辰野 隆
記憶ちがい
「久しぶりだな、全く。」
「久しぶりどころじゃないね、五十年ぶりだもの。」
こう云って、声を揃えて笑ったのは、何れも老人で、二人とも今年は算え歳の六十三である。この“久しぶり”という間投詞のような挨拶は、今しがた、二人が会ってから、もう二、三度繰返されていた。午食には既に遅く、夕飯には未だ早い半端な時刻に、二老人は都心に近い賑やかな街の小料理屋で盃を重ねている。
「先刻、電車の中で、どうして俺だってことが判ったんだい? こっちはまるで気がつかなかったんだが、向い合って腰をかけているお爺さんから、いきなりYちゃんじゃないか? と言われた時に、初めて俺は五十年前の記憶が一時に甦って来たので、Nちゃんだったね、と言ったら、君が、やっぱりそうだったか、と言ったね。」