辰野 隆
汝自身を知れ
大正十年の七月、或日の午後、僕は山田珠樹と並んでスイス、ベルンの街をぶらぶら歩いていた。スイスに来て時計を買うのも少々月並すぎる話だが、モン・ブランやユングフラウに登って涼むのも、時計屋をひやかすのも、大した変りはないと思ったので、二人は互に第一流の時計屋らしいのを物色して、何か変った時計があったら――ふところと相談しておみやげに買って帰るつもりであった。
とあるショー・ウインドーの前に来ると、二人は申合せたように足を停めた。大小の時計が硝子窓の向側に手際よく列べられている中に、唯一つ嬰児の拳ほどの、銀製の髑髏が僕等に向って硝子越しに嗤っていた。
「おい、あれ時計かね、それともただの装飾品だろうか」と山田は好奇の目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)った。
「時計なら買うのか」と僕は問い返した。山田が勿論と答えた時には、僕も時計なら買う決心をしていたのだった。