蒲原 有明
創始期の詩壇
明治十五年にかの有名な「新體詩抄」が刊行された。
わたくしはまだ七歳の小兒であつて、宵の明星や光の強い星を木の間がくれにふと見つけ出して、世間の噂さの名殘をそのまゝに「西郷星」だと囃したてゝ、何となく寂しい思ひの底に胸のとどろきをおぼえた時代である。
かゝる時代に於て、井上、矢田部、外山の諸博士の主唱と編纂とに成つた「新體詩抄」が誕生して、始めて詩の方面に新潮流を導いたといふのは、まことに興味もあり、また意義もあることである。
新事象は一つの發見された星のやうなものである。人々が大なる變革によつて受けた心の激動を「西郷星」に仰いで見た不安と畏怖との念は漸く薄らいで、こゝに文學の天に新たなる詩歌の星がかゞやきそめた。それを囘想すると、わたくしの胸はわけもなく躍る。