中村 地平

霧の蕃社

一

台湾の北から南へかけて、まるで牛の背骨のように高く、長く連っている中央山脈の丁度まんなか辺りに、霧社という名前で呼ばれている有名な蕃社がある。

蕃社は北の方の合歓山から延びた稜線と、南の方水社大山から東北に延びた稜線とが相合うところに、ひとりでに出来あがった高台の上に在る。高さは海抜四千二十九尺。脚もとはるか低くには濁水渓の源流が岩石の間に水しぶきをたてながら流れており、渓谷の周囲には能高、合歓、次高、北トウガン等の山々がうっすらと木の葉の色に重なりあって聳えている。

昔から風景が卓れていることで名高いのであるが、更らに春の季節になると、その南の島には珍しい桜の樹が、緑の山々を背景に、その花ばなの見事さを高台いっぱいに誇る。この蕃社くらい台湾に住む内地人に、異常な憧憬を感じさせる土地も少いのである。

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